前回の記事では、世界中の主要国で「ビッグマックを基準とした実質購買力」がリーマンショック前(2007年)と比較して大幅に低下しているという事実を紹介した。 では、20年前に私たちが享受していたあの豊かさは、一体どこへ消えたのだろうか。 一般的には、現在のインフレの原因としてコロナ禍によるサプライチェーンの混乱や、ウクライナ戦争、中東情勢の緊迫化などが挙げられる。 もちろん、これらがインフレ要因であることは間違いないだろう。 しかし私は以前から、一つの疑問を持っていた。 コロナ禍による混乱が世界中を襲ったのは2020年前後である。すでに数年が経過し、物流や生産体制もかなり回復している。それにもかかわらず、世界の購買力は依然として回復していない。 また、戦争や地政学リスクについても同様だ。 もちろん現在の戦争は深刻な問題である。しかし世界史を振り返れば、戦争や地域紛争は決して珍しい現象ではない。 もし現在の物価上昇の大部分がこれらだけで説明できるのであれば、もう少し改善の兆しが見えてもよいように思える。 そんな中、あるニュースが目に留まった。 シェール革命以降、米国は世界有数のエネルギー生産国となった。しかし原油価格が高騰しているにもかかわらず、産出量の増加は市場が期待するほどには進んでいないという内容だった。 これを見て、ふと一つの仮説が頭をよぎった。 通常の市場経済では、価格が上昇すれば供給が増える。 利益が見込めるなら企業は投資を行い、生産能力を拡大しようとするからだ。 では、なぜそうならないのか。 もちろん様々な要因が考えられる。 だが一つの可能性として、 「そもそも供給能力そのものが失われているのではないか」 という見方はできないだろうか。 そこで思い出したのが、この10年間に世界で進んだ脱炭素政策の流れである。 ESG投資の拡大。 各国政府による脱炭素目標。 EVシフト。 化石燃料産業への投資抑制。 これらの政策や市場環境の変化そのものを否定するつもりはない。 しかし結果として、石油・天然ガス・鉱業・発電設備など、人間の生活を支える基礎的な供給能力への長期投資が抑制された可能性はないだろうか。 仮にそうであるならば、現在起きているインフレは単なるコロナ後遺症でも戦争インフレでもなく、 「長年にわたり供給能力への投資を軽視した結果、世界全体の供給余力が低下した...
2007年、リーマンショック前夜の世界は、グローバル化の恩恵と持続的な経済成長の謳歌の中にあった。世界全体のGDPは力強く拡大を続け、人々は「明日も世界はより豊かになる」と信じていた。 それから約20年。パンデミックを経験した世界は、深刻な供給網の分断と大規模な金融緩和のツケである「世界的なインフレの波」に飲み込まれた。インフレを抑え込むために各国の中央銀行は急激な利上げを余儀なくされ、世界中の庶民の生活をじわじわと圧迫している。 しかし、ニュースで語られる「名目賃金の上昇」や「GDPの成長」という数字の裏側で、私たちの生活実感(リアルな実質購買力)には一体何が起きているのだろうか。 それを解き明かすために、世界共通の実物通貨である「ビッグマック」を物差しにして、一般労働者(中央値層)の年間手取り収入で「ビッグマックが何個買えるか」をリーマンショック前(2007年)と現在で比較してみると、そこには衝撃的な事実が浮かび上がってくる。 スイスという「奇跡」と、世界中で起きている購買力の沈没 2007年と現在を比較したとき、最初に気づくのは「スイスという極めて特殊な例外を除き、世界中の主要国で中間層の実質購買力が壊滅的に低下している」という不都合な真理だ。 【年間手取り(中央値)で買えるビッグマック個数の歴史的推移】 スイス : 2007年 約 11,110個 ➔ 現在 約 10,270個 (微減 -7.5%) アメリカ : 2007年 約 13,040個 ➔ 現在 約 8,490個 (大幅減 -34.8%) ドイツ : 2007年 約 8,500個 ➔ 現在 約 5,710個 (大幅減 -32.8%) スウェーデン : 2007年 約 7,270個 ➔ 現在 約 5,120個 (大幅減 -29.5%) 日本(断トツ) : 2007年 約 13,570個 ➔ 現在 約 7,290個 (崩壊 -46.2%) 強靭な安全通貨「スイスフラン」の防壁によってインフレを無効化したスイスだけが、わずか7.5%の目減りで「無傷」の立ち位置を保っている。 しかし、それ以外の先進国は全滅だ。名目賃金が大幅に上がっているはずのアメリカであっても、それ以上のペースで物価が跳ね上がったため、手取りで買える実質的な購買力は約35%も喪失した。ドイツやスウェーデンといった欧州...