株価五万円――数字は節目であり、同時に物語でもある。
2012年末、アベノミクスが始まった頃、日経平均はわずか一万円を少し超える水準にあった。それから十三年、株価は五倍に膨らみ、ついに五万円という大台を突破した。年率換算で約13%の上昇は、世界平均を大きく上回る。チャートの線は冷徹に右肩上がりを描くが、その背後には「停滞から熱狂へ」という時代の物語が潜んでいる。
株価の合理性を測る物差しとして、PERは長らく14~16倍の秩序を保ってきた。しかし、コロナ禍で世界に溢れた過剰流動性は、日本のデフレ空間にも流れ込み、物価は2%、3%と上昇を始めた。資産価格もまた、静かに、しかし確実に熱を帯びている。東京都心の新築マンションは平均一億円を超え、「億ション」という言葉がもはや日常語になった。かつての憧れは、今や当たり前の現実である。
この現象を単なる需給の結果と見るのは容易い。だが、そこにはもう一つの力が働いている。FOMO――取り残されることへの恐怖。
株価が急騰すれば「自分も買わなければ損だ」と焦り、SNSで友人の華やかな生活を見れば「自分だけ何もしていない」と不安になる。数字の背後で膨張しているのは、合理性ではなく欲望である。FOMOは市場の酸素のように目に見えず、しかし確実に炎を大きくする。
思い出すべきは1980年代のバブルだ。当時は「土地神話」が人々を酔わせた。今は「流動性」と「グローバル資本」が幻想を支えている。異なる時代、異なる物語。しかし共通するのは、人間が「上昇の物語」に抗えないという事実だ。
そして、この熱狂は生活の隅々にまで浸透する。家賃の上昇は若者の暮らしを圧迫し、資産を持つ者と持たざる者の格差を広げる。株価五万円は、誰にとっての祝祭なのか。数字の高揚の裏で、静かに取り残される人々はいないのか。
市場は冷静な計算で動くと信じたい。しかし実際には、心理と物語が市場を揺さぶる。金利政策の緩慢なメッセージでは、この熱狂を抑え込むことは難しい。政治的な象徴――たとえば日本初の女性首相誕生のような出来事――が市場心理をさらに過熱させる可能性もある。合理性は、熱狂の前ではあまりに脆い。
私たちは今、成長を祝っているのか。それとも再び幻想に酔っているのか。
株価五万円という数字は、未来を映す鏡なのか、それとも欲望を映す幻影なのか。答えはまだ誰にもわからない。ただ一つ確かなのは、数字の背後にある「人間の心理」を見落とせば、歴史は再び同じ物語を繰り返すだろうということだ。
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参考文献:
- 株探ニュース「【緊急特集】日経平均5万円突破、FRBへの政治介入が誘発したマネーの暴走」
(2025年10月27日)
記事リンク - Mici Inv.「日経平均が初の5万円台: 好調の今こそ過去の暴落に学びリスク管理を!」
(2025年10月27日)
記事リンク - BFP Online「バブル期と現在の日経平均株価の動きを比較」
(2025年5月10日)
記事リンク - やさしい株のはじめ方編集部「日経平均株価はやばい?なぜ上がりすぎと言われる?4万円突破し5万円になる可能性や日本株の見通し」
(2025年10月27日)
記事リンク - 第一生命経済研究所・藤代宏一「日本株 バブル期と同じところ違うところ」
(2024年1月22日)
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