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AIエッセー:FIRE後には地域おこし協力隊に挑戦するのもいいかも?③


第3回:【実践編】家島の再定義とビジネスモデル

前回の記事では、家島の過疎化・高齢化の本質について触れた。それは単なる地方の衰退ではなく、「消費税導入や法人税減税といった税制変更による個人事業(家業)の弱体化」と、「女性の社会進出が進む中で、島内に『陸の職域』が存在しなかったこと」という、二重の構造変化が生んだ摩擦であった。

家島には、この社会構造の激変に対応するための「両輪(法人の器と女性の職域)」が決定的に欠けていたのである。

そう考えると、現在国が推進している「地域おこし協力隊」という制度の真の姿も見えてくる。これは、自らの政策失敗(地方の家業崩壊と過疎化)を正面から認められない政策運営サイドが、手遅れになった現場に若者を送り込んで「現場の努力不足」にすり替えるための、自省なき『自作自演事業』と言っても過言ではない。

だが、もしあなたがFIRE後のキャリアや起業の実験場としてこの制度を利用するなら、その「自作自演の制度」すらも逆手に取ればいい。国家の制度のバグを理解した上で、私ならどう家島を「再定義」し、ビジネスを仕掛けるか。

家島の再定義

1. 2つのキーワード

家島を再定義する上で、絶対に外してはならない前提となるキーワードは以下の2つだ。

  • 「個人では戦えない」 バグった税制のもとで、個人の丸腰のまま戦っても累進課税と消費税に摩耗するだけだ。必要なのは個人事業の延長ではなく、資本留保と節税防衛ができる「法人の器」である。

  • 「女性の就業枠(職域)の創出は必須」 「男性中心の現場(船・漁)」だけではコミュニティの再生産は不可能な時代になった。表立って「女性支援」と叫ぶのではなく、事業構造そのものの中に「洗練された陸のオフィスワーク・サービス職域」を自然発生的に組み込む必要がある。

この2つのキーワード(個人では戦えない/女性の職域は必須)を同時に解決する解こそが、次に示すビジネスモデルである。

2. 家島の持つ幸運

表現はおかしいが、本来であれば家島の地理的優位を考慮すれば負けるはずがない材料が揃っている。しかし、斜陽化している。これは、少子高齢化が直接の原因ではない。社会構造の変化に対応できていないだけなのだ。

  • 良好な漁場

  • 枯渇はまだまだ先の石材産業

  • 強力な商業圏からの地理的近さ

これだけの好条件をそろえている離島は国内探してもそうはないだろう。恐らく、四国のような島と呼ぶには巨大すぎる土地を抱えていても同じ問題を抱えている地域の共通問題である可能性が高い。九州と同じ面積ほどしかない台湾の活況を見れば、面積は重要ではない。地理的要素の最適化が出来ていないだけの理由に他ならない。もし、家島ほどの好条件をそろえていても勝てないゲームであれば台湾やシンガポール、香港などの成功は存在しない。

3. 家島の再定義の前の弱点:勝利の理由は不明だが、敗退の理由は説明可能

勝利は時の運と言われることがある。しかし、敗退には必ず理由があると言われるのが世の常だ。家島の高齢化と人口減少は社会構造の変化に気付けずに対策を打たなかったことが敗因である。まあ、そんなことを考える人はいない。

しかし、ゲームのルールが変わったのだ。よく、欧米はスポーツのルールを頻繁に変更する。これは、平等という名の欧米にとって有利になるように変更されることがよくある。普通、ルールの改変とはそういうものだ。

しかし、日本においてはルールの変更に伴う理由が我田引水ではなく世界標準に合わせるという欧米にとっては理解不能な理由でなされるということだ。つまり、ルールを変更した後の影響など考慮しない。想像力の欠如というより放棄と言ってもいい。それが日本では日常的に行われるということを理解しておくことも重要だろう。

4. 家島の問題点は何だったか?

家島だけではないが、同じような問題を抱える地域での問題点は何だったか?わかりやすく言えば、1989年にとてつもなく大きな社会構造の変革が急激すぎたために正しい社会の正しい答えがわからないうちに推し進められたことが問題であったと言っていい。

1980年代に米国に端を発した新しい経済思想、新自由主義の風潮に流された日本で行わなければならなかったのは、個人事業の法人化による税務防衛と、女性に適した陸の仕事の洗い出しおよび切り離し(職域化)であったと言える。

5. 家島の再定義:Suite Hospitality〜近場の上質な非日常体験を提供する島〜

これまで述べてきた内容を今の家島に当てはめて、現状の問題解決を促すための再定義をするとこうなる。

「Suite Hospitality(スイート・ホスピタリティ)〜近場の上質な非日常体験を提供する島〜」

※極上の空間を意味する「Suite」と、心細やかな甘さを意味する「Sweet」のダブルミーニングである。

このスローガンのような再定義には、多くの構造的な意味が練りこまれている。

具体的な事業の並列展開

ここまで長々と家島だけではなく、日本全国で起こっている本質的な問題が何か?ということを書いてきた。本来であれば、私が思うゴールの状態を書いてそれを達成するためには時間を戻す作業、逆再生工程を見せる方が理解が早いかもしれない。

しかし、その方法だと「何をはじめるのか?」が最後に来てしまい、せっかく興味を持って読んでくれている読者の興味が続かなくなってしまう。ここからは、具体的に始める内容を並列式に書いていこう。

① 昼の観光客を増やす(インバウンドと都市圏の取り込み)

姫路港からわずか船で30分ほどの離島だ。姫路駅にポスターを貼りだし、認知を高めてもらう。夏場なら海水浴客を、秋場〜冬場にかけては魚釣り関連のツアーを増やす。円安の今、インバウンドの取り込みはこの活動の継続に必須と言ってもいい。

② 夜の家島には寄らない高級ナイトクルーズ

現在の家島には多くの宿泊客を収容する能力はなく、平地の少ない家島諸島に巨大資本のリゾートホテルを誘致することは難しい。そこで、島に宿泊させないちょっと高級なナイトクルーズを週末限定で走らせる。

姫路港から家島へ向かう道中では播磨灘産の海産物料理とたつのの地酒などを提供する。家島近くの暗闇の中、家島の石を切り出した迫力ある山肌にブルーライトなどでライトアップを施す。巨大な花崗岩の塊に光が当たる幻想的な景色を鑑賞させるのだ。(※このツアーの予約管理、接客、企画運用こそが洗練された「女性の陸の職域」となる)

③ 家島産の石(花崗岩)のブランディングと加工

家島産のくず石材を研磨、加工することにより、高級遠赤外線ホットプレート、サウナストーン、アクセサリーの可能性を探る。サンプルを持って、ニーズがありそうな高級飲食店やサウナ施設へ無料で提供し、体験価値を先行させるのだ。

原料はほぼ無償で分けてもらえるため、活動費でサンプルを作り可能性のありそうなところへばらまく。アクセサリーの一部は島のお土産屋に格安で提供し認知向上を達成する。(※製品デザイン、ECサイト運営、マーケティングという女性向け職域がここで生まれる)

④ 高級老人ホーム(リゾート型ケアハウス)の誘致

島内には高齢者が入居できるような施設が無く、泣く泣く島を離れて本土の老人ホームに入居したり、本土の家族と同居したりと苦渋の選択を迫られる人も多い。高齢になってからの移住は負担が大きい。

そこで、高級老人ホームを運営する企業にアクセスし、島内への誘致を図る。うまくいけば、島外への資金流出を防ぐだけでなく、介護・看護・事務・給食管理など、多くの女性の安定した職場(陸の職域)を島内に一気に確保できる。

次回は、これらのプロトタイプがうまくいった場合の「次のステップ(法人の器の要塞化と教育基盤)」について述べていくことにしよう。

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