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AIコラム:違和感から見えるメディア左傾化の必然

 


日本において女性リーダーが誕生するかもしれない。これは、左派・リベラル層にとってもろ手を挙げて歓迎すべき出来事であるはずだ。ジェンダー平等や多様性の推進を掲げてきた人々にとって、女性が政権与党の総裁に就くことは象徴的な前進である。ところが、自由民主党に女性初の総裁が誕生した際、既存メディアの論調は驚くほど冷淡であった。この違和感こそ、私たちがメディアの構造を問い直す出発点となる。

歴史を振り返れば、偏向報道は決して新しい現象ではない。15世紀半ば、グーテンベルクによる活版印刷術の発明は、情報の独占を打ち破り、宗教改革や16〜18世紀の革命運動を支える檄文やパンフレットを生み出した。印刷物は民衆に知を開放したが、同時にプロパガンダの武器ともなった。19世紀に入ると、新聞は産業革命と都市化の波に乗って大衆化し、各国政府は検閲や発行規制を通じてその力を制御しようとした。フランス革命後の王政復古期や、明治期の日本における新聞紙条例などはその典型である。

しかし20世紀初頭、特に第一次世界大戦後には、政府統制の代替として「スポンサー制度」が定着する。広告収入を基盤とする近代メディアは、国家の直接的な支配を逃れる代わりに、大企業の意向に左右される構造を抱え込むことになった。スポンサーの多くは市場の安定と国際協調を望み、報道は「公共の利益」と「スポンサーの利益」の狭間で揺れ動く。やがて後者への忖度が文化として定着し、結果として既存メディアは自然とリベラルな価値観を強調するようになった。

この構造は現代にも色濃く残る。たとえば最近の報道を振り返れば、参政党に対する偏向的な扱い、自由民主党の女性初総裁誕生に対する冷淡な論調などが指摘されている。テレビ局の大口スポンサーを見渡せば、中国経済への依存度が高い企業群が目立つ。輸出市場やサプライチェーンを通じて中国との結びつきを強めた大企業は、強硬な保守政策や対中強硬路線を歓迎しない。そのため、報道姿勢もまた、強い保守系政党や政権の誕生を抑制するかのような様相を呈する。

もっとも、偏向報道そのものは歴史を通じて常に存在してきた。だが今日、状況を一変させているのはSNSの存在である。21世紀に入り、冗長的であっても「一次情報」が瞬時に拡散し、誰もが現場の声や映像に直接触れられるようになった。これにより、従来メディアが「嘘ではないが、異なる文脈」に編集して届けてきた情報のあり方が、可視化されつつある。お茶の間に届くニュースが、どのような編集とスポンサーの影響を経て形づくられているのかが、透けて見える時代になったのだ。

SNSの拡散力は、既存メディアの編集権を相対化する。かつては新聞社やテレビ局が「何を報じ、何を報じないか」を決定するゲートキーパーであった。しかし今や、現場の映像や当事者の発言が、編集を経ずに広がる。これにより、メディアが「偏向している」という批判は、単なる印象論ではなく、一次情報との比較によって具体的に検証されるようになった。

こうした変化は、既存メディアの「左傾化」が偶然ではなく、資本構造に根ざした必然であることを逆説的に浮かび上がらせる。大企業は市場の安定と国際協調を望み、急進的なナショナリズムや急激な変革を嫌う。そのため、報道は自然とリベラルな価値観を強調し、保守的な潮流に対しては冷ややかな視線を向ける。女性リーダー誕生という出来事に対しても、政権与党の強化につながる可能性がある以上、素直に称賛することを避ける。この矛盾こそ、違和感の正体である。

活版印刷以来の「情報と権力のせめぎ合い」は、20世紀の広告モデルを経て、いまや可視化と拡散の時代に突入した。メディアを論じるとき、私たちは記事の表層的な論調に一喜一憂するのではなく、その背後に潜む資本とスポンサーの影、そして編集という営みの力学を見据える必要がある。違和感は、単なる感情ではなく、構造を照らし出す光なのである。では、私たちはこの違和感を単なる感情として流すのか、それとも構造を見抜く手がかりとして受け止めるのか。

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参考文献:

 メディア左傾化・偏向報道に関する研究・書籍

- 三枝玄太郎『メディアはなぜ左傾化するのか 産経記者受難記』(新潮新書, 2024)

→ 元産経新聞記者による現場体験を通じた「左傾化」の構造分析

- おざけん「なぜマスコミは左翼的なのか?──戦後から続く構造的偏りを読み解く」note記事

→ GHQ占領政策や記者クラブ制度、学生運動世代の就職など、戦後日本の構造的背景を解説

メディア史・社会学的研究

- 加島卓「メディア史とメディアの歴史社会学」『マス・コミュニケーション研究』93号(J-STAGE, 2018)

→ 印刷革命から現代までのメディア史を社会学的に整理

- 吉見俊哉・水越伸『メディアの歴史社会学』(1997)

→ 技術革新と社会構造の関係を長期的スパンで論じた研究。

現代的な視点(SNS・一次情報の拡散)

- ダナ・ボイド『It’s Complicated: The Social Lives of Networked Teens』(2014, Yale University Press)

→ SNS時代における情報流通の特性を分析。

- クレイ・シャーキー『Here Comes Everybody』(2008)

→ ネットワーク社会での「集合行動」と情報拡散の力学を解説。



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