私は将棋が好きで、自分でも指すし、プロの対局もYouTubeやABEMAでよく視聴する。将棋界には、通常のプロ制度と女流棋士制度という二つの制度が存在する。先日、女流棋士が通常のプロ制度へ編入できる仕組みが拡大されると発表された。それを聞いて、かつて抱いた違和感が再びよみがえった。
現在、通常のプロ棋士はすべて男性である。将棋は腕力や体格差が関係しない頭脳の勝負であるにもかかわらず、女性が通常のプロ制度を突破した例は一度もない。思考能力に男女差はないことは広く知られている。それでもなお女性が現れていない理由は、競技人口の少なさにあると説明されることが多い。
しかし、それは本当に競技人口の問題だけなのだろうか。
将棋の競技人口は男性が約9割を占めるとされる。さらに、プロ養成機関である奨励会に目を向けると、在籍者約180人のうち女性はわずか2人にすぎない。過去のデータでは奨励会員のおよそ1割がプロに昇段しているが、この比率を前提にすれば、現在の女性の在籍数からは女性棋士の誕生は極めて難しいことになる。
他の頭脳競技を見ても同じ構図が浮かび上がる。チェスや囲碁においても、男女混合の舞台で女性がトップに立つ例は稀である。統計的に男性が優位に見えるデータは存在するが、それは能力差を意味するものではなく、むしろ制度や文化的背景、社会的期待が複雑に影響していると考えられる。つまり、単なる数値では割り切れない「構造的要因」が存在するのだ。
ここで一つの仮説を提示したい。それは「合理性の型の違い」である。男性的合理性を「期待値の最大化」、女性的合理性を「条件付き損失の最小化」と捉えると、見えてくるものがある。前者はリスクを取ってでも大きな勝ちを狙う戦略であり、後者は最悪の事態を避けることを優先する戦略である。
この仮説を奨励会制度に当てはめると、女性にとって「不参加」が合理的な結論となりやすい。奨励会には年齢制限や退会後の再挑戦不可といった厳格なルールがあり、失敗した場合の損失は極めて大きい。さらに、女性が失敗した場合には「やはり女性には無理だ」という社会的烙印が押されやすく、条件付き損失は男性よりも大きく見積もられる。加えて、女流棋士制度という代替ルートが存在するため、リスクを避ける合理性からすればそちらを選ぶのは自然な流れである。
そして、このロジックを社会全般に広げれば、さまざまな現象が説明できる。たとえば政治参加において、日本の女性議員比率は衆議院でわずか 10.0%(461人中46人)、参議院で 26.0%(246人中64人) にとどまっており、有権者の半数以上(51.7%)が女性であることを考えれば著しく低い。また、若年層のニートについても、2024年時点で15〜34歳人口のうち約 56万人(男性36万人、女性20万人) が該当するとされるが、男性ニートが「社会からの脱落」と見なされやすいのに対し、女性ニートは「家庭にいる」という形で社会性を保ちやすいと解釈される。この非対称性もまた、条件付き損失の最小化という合理性の型を前提にすれば理解できる。
ここで強調しておきたいのは、この仮説が「本質的な性差」を主張するものではないという点である。むしろ、社会的条件や文化的期待が合理性の型を強化し、結果として男女の行動選択に違いが現れている可能性が高い。
もしこの仮説が正しいとすれば、問題は能力差ではなく、社会制度がどの合理性を前提に設計されているかにある。では、制度をどのように設計すれば「参加すること」が合理的になるのだろうか――。
関連テーマ:
参考文献:
将棋界・頭脳競技に関するもの
- 「女性は将棋が弱いのか? 将棋と囲碁で男女の実力差を可視化してみた」ふぁくつ, note(2025年)
記事リンク - 「【将棋の男女差を解説】なぜ女性のプロ棋士はいないのか?」ブラジルから王手飛車取り(2023年)
記事リンク
ジェンダーと社会制度
- 鈴木淳子「ジェンダー役割不平等のメカニズム ―職場と家庭―」『社会心理学研究』第60巻1号, 2017年, pp.62–80
J-STAGE PDF - 内閣府男女共同参画局『女性活躍・男女共同参画の現状と課題』(2024年版)
PDFリンク - 宋宇「制度と実態のズレから見る日本のジェンダー問題」『帝京大学地域活性化研究センター年報』第7巻, 2023年, pp.101–108
PDFリンク
統計データ
- 総務省統計局『労働力調査(2023年平均結果)』
- 内閣府『男女共同参画白書(令和6年版)』
- 国会議員の女性比率(衆議院・参議院)データ:内閣府男女共同参画局「政治分野における男女共同参画」

Comments
Post a Comment