2025年も終わりに近づき、私のサラリーマン人生もいよいよ幕を閉じようとしている。今年の3月末に退職を予定していたが、「ある仕事だけでも続けてほしい」という要望を受け、一度退職を見送った。もともと退職を希望した理由は、仕事のストレスで血圧が200近くまで上がり、このままでは命に関わると感じたからである。2月と3月は有休消化期間を過ごし、心身を整える時間とした。
思い返せば、小学生の頃、銀行の定期預金金利が5%だった時代に、お年玉を預けたことがある。そのとき母に「5%の金利なら、どれくらいの資金があれば生活できるのか」と尋ねた。その答えとして聞いた金額を、40年越しでようやく達成した。過去の記憶と現在の達成が重なり、人生の長い時間の流れを実感している。
私の家族は妻と子供、そして来年50歳を迎える前後にもう一人誕生予定の子供を加え、4人になる予定だ。現在の月平均支出は約35万円だが、退職後は車を2台から1台に減らし、掛け捨ての生命保険を解約することで、約32万円に抑えられる見込みである。家族の生活を守るために、支出の見直しを着実に進めている。
資産運用については、これまで日本の高配当株とインデックス投信を組み合わせたハイブリッド型のポートフォリオを組んでいた。しかし引退を前に、守りの資産として変動型10年国債やMMFを追加した。これは世界的な株高を踏まえ、将来の暴落に備える投資待機資金であり、生活防衛資金でもある。株価が上昇している間は、配当と売却益で生活費を確保する方針だ。
ただ、完全に働かなくなると酒ばかり飲んでしまいそうなので、少しは働くつもりでいる。具体的な仕事はまだ決めていない。現在の仕事は私にとって比較的簡単だが、他の人はやりたがらない。効果金額は大きいにもかかわらず、必要な知識が不足しているからだ。高校化学の応用程度の知識すら使えない人が多く、例えるなら「1+1はできても1+2はできない」といった感覚である。
会社の人材の質は一昔前と比べて変わってしまった。若い人に限らず、責任転嫁型のスタイルが広がり、Give and TakeではなくTake and Takeになっている。そのため、私は若い人に教えることをやめた。無意味だと理解したからだ。困ったときは教えるのではなく、自分でやる。理由を聞かれれば答えるが、聞かれない限りは答えない。二重に無駄だと悟ったからである。
人生の節目に立ち、資産や家族を守るために選択を重ねてきた。しかし、働く意味や人との関わり方については、まだ答えを探している。あなたなら、どんな選択をするだろうか。
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