以前、タイで現地採用として働いていた時、日本と海外の違いについて「よく言われることは本当だった」と実感する場面がいくつもあった。しかも、後から振り返ると、これらの現象は単なる文化差ではなく、ある一つの共通原理で説明できることに気づいた。
まず、レストランの水。日本では基本的に無料だが、タイでは水は有料である。もっとも、タイでは水道水が飲めないため、RO水やペットボトルの水を飲むのが普通で、ここはそこまで違和感はなかった。
しかし、最も注意しなければならないのはトイレだ。タイの生活では公共トイレが非常に少ない。しかも、タイ料理は日本と比べて軟便になりやすいので、トイレの位置把握は死活問題になる。まず、コンビニのトイレは基本的に解放されていない。駅構内にもトイレはない。
ではどうするかというと、バンコク市内ではデパート、スーパー、ホテルのトイレを使うことになる。面白いことに、タイでは綺麗なトイレは無料だが、汚いトイレは有料という逆転現象がある。トイレの前に料金徴収の人が座っているのだ。工業団地近くに住んでいた頃は、そもそもトイレの絶対数が少なく、自宅と会社、そして車通勤ならガソリンスタンド併設のコンビニに頼るしかなかった。
バンコクのBTSプロンポン駅直結の高級デパート「エンポリアム」は、私にとってはほぼ“トイレ専用施設”だった。タイ旅行者に有名なMBKですら、以前はトイレ前に料金徴収の人がいた。後にこのシステムがなくなった時は、逆に驚いたほどだ。
日本では当たり前に見かける自動販売機も、タイではほとんど存在しない。空港など一部にはあるが例外的だ。日本では「治安が良いから自販機が普及した」と説明されがちだが、治安が良い国でも自販機が普及していない例はいくらでもある。つまり、治安だけでは説明できない。
さらに、先日39度を超える高熱に見舞われた時のこと。病院で検査を受け、コロナでもインフルでもなく、細菌感染と判明した。抗生物質が処方されたが、それに加えて、抗生物質の副作用を抑える胃薬、下痢止めの整腸剤など、“おまけの薬”が大量についてきた。このときふと思った。
最近の医療では、抗生物質だけ出せば十分なはずなのに、なぜこんなに薬がついてくるのか。 これも医療費高騰の一因ではないか。
実際、北欧のように日本と同じ健康保険制度を持つ国では、抗生物質の処方自体が少なく、副作用を抑える薬などはまず出されない。 では、この違いはどこから来るのか。
ここまで挙げた日本特有の現象―― 無料の水、無料で清潔なトイレ、破壊されない自販機、過剰気味の薬処方。 これらは一見バラバラだが、ある仮説を置くとすべてが一本の線でつながる。
■ 日本の制度は「性善説OS」で設計されている
日本の制度は、人間は基本的に善であるという前提――性善説ベースで組まれている。
この仮説を置くと、次のように説明が一気に通る。
● 性善説OS(人は基本的に善)
日本のトイレ:破壊されない、盗まれない(トイレットペーパーも持ち去られない)
日本の自販機:破壊されない、盗まれない(商品も現金も安全)
日本のレストランの水:無料で提供しても悪用されない
日本の医療:必要な時にだけ利用されるという前提 → だから薬も“善意で”多めに出す
性善説OSでは、「人は悪用しない」ことを前提に制度が最適化される。 その結果、社会全体のコストは低く抑えられ、サービスは過剰気味になる。
■ 一方、海外の多くは「性悪説OS」で設計されている
● 性悪説OS(人は基本的に悪)
海外のトイレ:破壊される、盗まれる → 設置は必要最小限
海外の自販機:破壊される、盗まれる → 設置しない
海外のレストランの水:有料(悪用される前提)
海外の医療:必要以上に利用される前提 → 薬やサービスは最小限
性悪説OSでは、「悪用される」ことを前提に制度が最適化される。 その結果、社会全体のコストは高くなり、サービスは最小限になる。
■ つまり、制度の“初期設定”が違うと、社会の最適化方向が根本的に変わる
性善説OS → コストをかけずに回る社会、サービスは過剰気味
性悪説OS → コストをかけてでもリスクを潰す社会、サービスは最小限
この“OSの違い”を前提にすると、 日本と海外の制度の差は文化や治安では説明しきれない部分まで、 驚くほど綺麗に説明できる。
■ 次のステップ
では、性善説OSと性悪説OSは、他の制度領域ではどのように発露するのか。 行政、教育、交通、税制、企業文化など、まだまだ例はある。
ここから先は、制度OSの分岐がどのように社会全体の構造を形づくるのかを見ていくことになる。
関連テーマ:思考の実験室ー知性の地図ー社会構造編

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