Skip to main content

AIエッセー:極めて悲観的な状況でも自分をあきらめないためにー第六回ー


昨今、AIの進歩が甚だしい。無料で使えるChatGPTやGeminiの能力は、おそらく通常の人間の能力を超えている。私は常になぜ?を持ちやすい性(さが)であるが、昔から誰に聞いても答えが無いので質問を諦めることが多かった。しかし、これらのAIは根拠があればそのデータを探し出し、提示してくれる。論理的な対話も可能だ。時折、データ内部の因果と結果が逆になって返ってくることもあるが、人間側が修正してやれば、十分すぎるレベルで機能する。私のような人間には、大変ありがたい環境になった。AIを使ったビジネスも、いよいよ本格的に始まりつつある。

「世界が変わった」という感覚を覚えたのは、これが初めてではない。インターネットが普及し始めた頃、自宅にパソコンがなかった私は大学の視聴覚室に籠もり、Netscapeでウェブサーフィンに没頭していた。日本ではあまり知られていなかったが、携帯電話なのにパソコンのようなミニキーボードが付いた「BlackBerry」を初めて見たとき。10年少し前、テレビでYouTubeが見られるようになったとき――。あの時の感覚が、今また蘇っている。

技術の進歩は日々加速しており、思ったよりも世界は良い方向に流れているように思う。地政学的なリスクや戦争は起こるかもしれないが、個人でコントロールできない範疇の国難を過度に気にしても仕方がない。それよりも重要なのは、この「指数関数的な技術発展」がもたらす「世界経済の拡張」という巨大な波に、個人としてどう乗るかだ。そしてその唯一の手段が「投資」である。

日本では「個人の投資への関心が薄い」と何十年も前から言われ続けてきた。私が25年前に読んだ本にも、欧米に比べると個人の投資が少ないと指摘されていた。それを打破すべく始まったのが、あの「金融ビッグバン」だ。

名前こそ大層だったが、実態は銀行で投資信託が買えるようになったり、外貨預金ができるようになったりした程度。私は社会人になった年からネット証券を開設していたため、ほぼ影響はなかった。というより、当時の商品は手数料が高すぎて、運用が上手くいったとしても数年は買い付け手数料を取り戻すためだけに運用せざるを得ないようなものばかりだった。「転換点」としての歴史的意味はあったのかもしれないが、当時の私にとっては「名前負けしているな」というのが率率直な感想だった。

しかし、あれから四半世紀が経ち、前提は大きく変わった。

AIが個人の「思考のインフラ」になったように、投資のインフラもまた、劇的な進化を遂げた。かつては一部のプロしか扱えなかった「世界経済の成長の構造そのもの」に、今は誰もが超低コストで、ワンクリックでアクセスできる。それがインデックス投資だ。

投資をしよう。インデックス投資で十分だ。あなたが労働をしているのであれば、生活防衛資金以外を残し、全世界株(オルカン)を購入して月の積み立て設定も行う。それだけであなたの未来は激変する。

以前は優良なインデックス投資は存在しなかったが、今は優良なインデックス投資が可能だ。私はインデックス投資のデビューは2021年だったので、これが最も残念だ。2001年から私は投資を開始したが、平均リターンは年約3%程度。インデックス投資であれば、過去30年の実績では平均7%を見込むことが可能だ。

3%と7%の差は、単なる4%の違いではない。20年、30年という複利の時間を経ることで、資産の到達点は倍以上に爆発的に開いていく。私がもっと早くこれに気づき、この「時間のレバレッジ」を活かせていれば、より早く構造的自由を得られていただろう。だからこそ、今この環境が整っている時代に、インデックス投資の結果が悪い方向に向かうはずがないと言い切れる。

これまで前提①~前提⑤について解説してきた。

組織の限界や労働の構造的不自由を説いた前提①〜③の「影」に対し、私たちが賭けるべき明るい可能性(光)があるのは、前提④(法人化)と前提⑤(経済拡張)の2つのみだ。

私たちは、個人では変えられない組織や社会の閉塞感に過剰にエネルギーを奪われるべきではない。AIを「思考の触媒」として個人の生産性をブーストし、前提⑤のインデックス投資によって「世界経済の拡張の果実」を自分の人生に還流させる。 この二つの光をベースに据えて、個々人の状況に合わせたライフプランを設計すべきだろう。

日本で生を受けたことは、貧しいアフリカの国で生を受けた人より幸運なはずだ。しかし、この時代を生き抜くための「前提(ルール)」を知らなければ、どれほど有利な環境であっても成功につながるとは限らない。この5つの前提を、あなたの人生の主導権を取り戻すための羅針盤にしてほしい。

関連テーマ:



Comments

人気の投稿

AIエッセー:羨望という名の定期刊行物

私はU―NEXTのサブスクリプションサービスに加入している。このサービスには映画やアニメの動画だけでなく、雑誌の読み放題も付いている。就業中は出張の移動時間くらいでしか雑誌を読むことがなかったが、退職して時間ができたことで、ふと雑誌コーナーを覗いてみた。 その中で『日経マネー』の表紙が目に留まった。さっそくタブレットで開いてみると、個人投資で大儲けしている人たちの特集が組まれている。何か参考になる技があるかもしれないと思い読み進めたが、登場する成功者たちの資産額は、普通の感覚からすれば完全に別世界だ。投資界隈では10億円越えなど珍しくないのだろう。 しかし、結論から言えば、彼らの手法はほとんど参考にならなかった。詳細は省くが、ある程度の資産を築いた今の私から見ても、実用性は限りなくゼロに近い。正直、お金系YouTubeを見ている方がよほど再現性のある情報を得られる。 タブレットを閉じながら、私はある仮説に行き着いた。 そもそも雑誌というメディアは、最初から「実用的な情報」を届けるためのものではなかったのではないか。 雑誌とは、娯楽と羨望をパッケージにして読者に届ける“ファンタジー装置”だったのではないか。 ファッション誌を思い浮かべれば分かりやすい。誌面を飾る服は、決して買えないほど高額ではないが、日常的に買い続けるには非現実的だ。しかも、あれは抜群のプロポーションを持つモデルが着るからこそ映える。普通の人間が同じ服を着ても、誌面の世界観を再現することは到底できない。 投資雑誌も、構造はまったく同じ 10億円を動かす大富豪の成功譚は、読者に「いつかは自分もこうなれるかも」という一瞬の夢を与える。だが実際には、手の届かない存在への羨望を刺激するエンターテインメントに過ぎない。そして雑誌の本質は、情報提供ではなく、その夢の余韻の中で誌面に掲載された商品やサービス――ファッション誌ならブランド服、投資誌なら証券会社や金融商品――へ読者を誘導するための、 洗練されたカタログ だったのだと思う。 かつては、それでも成立していた。情報の流通経路が限られていた時代、私たちはその“カタログ”をありがたい情報源として買い求めていた。 しかし時代は変わった。 今や本当に実用的で、今日すぐ使える剥き出しの情報は、SNSや動画プラットフォームを通じて個人間でリアルタイムに共有される。市場の...

第十八話:地球がサウナ⁉ー地球温暖化と人類の挑戦ー

温暖化への挑戦 アルケーアカデミー校庭の木陰で ここのところ暑い日が続いていたが、昨日降った雨のおかげで、木陰では少し涼しい風が吹き抜け、どうしようもなかった暑さが、どこか心地よい暑さに変わっていた。 想(ソウ)ちゃん: 今日は少し涼しいね。これぐらいなら、気持ちいい暑さだね。 思惟(シイ)ちゃん: そうね。涼しくていいわね。ものすごい暑さだったのも、今が気持ち良ければ忘れちゃうわね。 想ちゃん: そうだ!忘れちゃうといったら、温暖化の人類の対策、まだ先生に聞いてなかったや。 思惟ちゃん: 先生に聞きに行ってみましょうよ! アルケーアカデミー職員室 想ちゃん: 先生、この間の授業の続きをしてください。 AI先生: 地球温暖化の対策の件ですね。 思惟ちゃん: はい、そうです。 AI先生: よろしい。では、あなたたちはどうすれば良いと思いますか? 想ちゃん: え?うーんと…車に乗らないで歩くとか、電気を大事にするとかですかね? AI先生: それも大切ですが、もっと大きく物事をとらえなければなりません。 思惟ちゃん: 大きく? AI先生: では、元の問題に戻ってみましょう。地球温暖化はなぜ起こったのですか? 思惟ちゃん: 人類の経済活動が活発になって、化石燃料などを燃やして、二酸化炭素の濃度が上がった…そうか!どうやって二酸化炭素の濃度を上げないようにするかが対策なんですね。 AI先生: その通りです。人類の今の取り組みは、いかにしてCO₂を大気に放出しないようにするかを念頭に置いています。 二酸化炭素放出量削減の取り組み 低効率の化石燃料から高効率の化石燃料への移行 • 石炭や重油などの低効率燃料から、天然ガスや高効率石炭火力へ。 • コンバインドサイクル発電などの技術で、同じエネルギーでもCO₂排出量を減らすことが可能。 AI先生: エネルギーを使わないということはできません。だからこそ、同じCO₂排出でも、より多くのエネルギーを取り出せる方法へと移行しているのです。 思惟ちゃん: なるほど、効率を上げることで排出量を減らすのね。 二酸化炭素を放出しない取り組み 再生可能エネルギーの開発 • 太陽光や風力など、CO₂を排出しないクリーンなエネルギー。 • ただし、土地利用や廃棄物の問題もある。 AI先生: 現在のSi型太陽光発電は広い土地が必要で、森林...

AIエッセー:極めて悲観的な状況でも自分をあきらめないためにー第二回ー

前提①:日本の構造的欠陥は致命的であり、現行システムの持続は不可能である 日本の司法、政治、行政は、大戦後の清算の影響により、それぞれ根深い構造的欠陥を抱えている。そして残念ながら、その組織が作った制度自体もまた、同様の欠陥を引き継いでしまっている。これら国家レベルのシステム欠陥については今後の記事で詳述するが、今回は「個人の対策」に焦点を当てるため、私たちの生活に最も直結する「社会保障制度の限界」という具体的な欠陥について示していく。 社会保障制度の限界:高齢化に潜む「2つの山」 日本の公的健康保険は、住民票の登録さえあれば誰でも加入できるという非常に緩い条件で運営されている、世界有数の優れた制度だ。しかし、この仕組みは基本的に現役世代が負担する「社会保険料」によって成り立っている。結論から言えば、この制度は今後、確実に成立しなくなる。理由は言わずもがな、高齢化だ。 今後、日本の高齢化は毛色の違う「2つの山(ピーク)」を迎えることになる。 1. 第1の山:高齢者「数」のピーク【2043年】 まず、高齢者の絶対数(頭数)が最も多くなるのが2043年だ。このとき、65歳以上人口は約3,953万人に達し、歴史上の最高値(天井)を迎える。第2次ベビーブーム世代(団塊ジュニア)がすべて70代に突入し、日本の街中に最も高齢者が溢れ返る時期である。 ここを過ぎると、高齢者の死亡数が出生数を大きく上回り始めるため、高齢者の「人数」自体は減少に転じる。しかし、これで日本の高齢化問題が終わるわけではない。 2. 第2の山:高齢者「比率」のピーク【2070年代前半】 高齢者の人数が減り始めるにもかかわらず、総人口に占める「比率(高齢化率)」はその後も上がり続ける。なぜなら、それ以上に「現役世代と子どもの減少スピード(分母の縮小)」が激しすぎるからだ。 高齢化率(総人口に占める65歳以上の割合)の推移予測は以下の通りである。 2026年(現在): 約 29.5 % (約3.4人に1人が高齢者) 2043年(人数ピーク): 約 36.1 % 2050年: 約 37.9 % (約2.6人に1人が高齢者) 2070年(比率ピーク): 約 38.7 % (約2.5人に1人が高齢者) 最新の推計では、2070年頃に「38.7%」あたりでようやく上昇が止まり、ほぼ横ばいのプラトー(高原状態)...

AI Column: What Lies Beneath the Idea of “Gender Equality”

Is “Gender Equality” Truly a Pure Ideal? For a long time, we have accepted the phrase “gender equality” as a symbol of human rights. Yet, if we look beneath the surface, a different landscape emerges. 1. The Misalignment of Fairness and Equality We must first note that the word “fairness” carries different meanings across academic disciplines: - In economics, equity refers to the justice of resource allocation and redistribution. - In sociology, fairness refers to the social order and mutual recognition that allow people to coexist with minimal friction. In this essay, “fairness” is used in the latter sense—as a hypothetical concept of social rationality and stable order. It differs from the modern rights-based notion of fairness. From the perspective of general theories of social order, societies have always sought a “low-energy state” that minimizes friction. Pre-modern societies did not ideologically proclaim “equality,” yet they often built stable orders grounded in this sense of f...

第五十話:文字は二度発明された⁉ー表音文字と表意文字の秘密ー

アルケーアカデミー国語の授業 街の木々はいよいよ色合いの衣替えを終えようとしている。人々も衣替えを済ませ、寒さに肩をすぼめて歩いている。――文字もまた、時代ごとに衣替えをしてきたのだ。 教室の黒板には二列の表が描かれている。左には「表意文字」、右には「表音文字」と書かれ、それぞれの特徴が並んでいる。 AI先生:ひらがなとカタカナの誕生によって、日本独自の表音文字が生まれたことを理解してもらえましたか? 生徒たち:ハイっ! 想(ソウ)ちゃん(直感的に手を挙げる):先生、もしかして文字って二度発明されているの? AI先生:素晴らしい質問です。そうです。文字は二度、発明されています。最初は表意文字。紀元前3000年ごろメソポタミアで楔形文字、同じころエジプトでヒエログリフが使われていました。そして2000年後、紀元前1200年ごろにフェニキア文字が成立し、表音文字が誕生しました。 思惟(シイ)ちゃん(じっくり考えながら):どうして文字は二度発明される必要があったのかしら? AI先生:良い視点ですね。黒板の表を見てください。表意文字は意味と音を覚える必要があり、習得に時間がかかります。一方、表音文字は音を記号化するだけなので教育コストが低く、一般大衆に広まりました。表意文字はエリート層の文字、表音文字は大衆化した文字と言えるでしょう。 想ちゃん:確かに英語はアルファベットの並びだけで覚える量は少なくて済むね。 AI先生:その通りです。 思惟ちゃん:でも、日本では漢字を元にひらがなやカタカナを作ったのよね。世界では最初から表音文字の言語もあるのに、どうして漢字は生き残ったのかしら? AI先生:良い問いです。東洋の言語体系には同音異義語が多いという特徴があります。例えば「ホショウ」という音だけでは意味が分かりません。「保証」「補償」「保障」「歩哨」などがありますね。この場合、漢字が非常に有効なのです。 思惟ちゃん:中国語もそうなの? AI先生:はい、中国語も同音異義語が多いので漢字が役立ちます。 想ちゃん:へー、面白いね。 思惟ちゃん:じゃあ、韓国やベトナムが漢字をやめたのはどういう理由なの? AI先生:韓国やベトナムは漢字文化の権威との決別という意味で漢字を使うのをやめました。ベトナム語は声調言語なのでラテン文字+声調記号で音と意味を一対一で表記できます。韓国はハングルを導入...