空前のAIデータセンター投資と世界的な構造転換は、日本の半導体業界に異例の「バブル」をもたらした。大手ファブや外資系メーカーに勤務する若手エンジニアの中には、給料や特別インセンティブ、残業手当によって一時的に年収2,000万円の大台を突破する者が続出している。
一見すると、日本が誇る製造現場や技術者に光が当たったかのようだ。しかし、この一律的な高額報酬の陰で、現場には静かな、だが逃れようのない不満のマグマが溜まり始めている。
原因は明白である。日本の累進課税と社会保険料の「時間差の二重苦」構造だ。
年収2,000万円に達した瞬間、所得税と住民税を合わせた限界税率は50%に達し、手取り比率は急落する。さらに恐ろしいのは翌年の住民税だ。シクリカルな業界特性ゆえに翌年の年収が下がったとしても、容赦なく前年の高額所得をベースにした税金が追いかけてくる。手取りの「五公五民」という現実と、時間差で襲いかかる税金の重圧を前に、マネーリテラシーを持たない若手ほど激しい徒労感と生活上の不条理を味わうことになる。
かつて、似たような光景があった。2000年代のIT全盛期、日本のIT業界は高度人材として海外から優秀なエンジニアを多数招致した。しかし、彼らは日本に定着しなかった。高額な税負担、閉鎖的な給与体系、そして実質手取りの低さを冷徹に見定めたトップ人材たちは、早々にシンガポールや米国、母国へと去っていったのだ。
今回の半導体バブルで起きる現象は、あのIT全盛期の「定着失敗」とは比べものにならない規模と破壊力となって現れる。
当時は「海外から来た高度人材が日本に根付かない」という局所的な流出問題にとどまっていた。しかし今回は、国策として巨額の国費を投じたグローバル半導体インフラを舞台に、日本で育った優秀な生粋の若手エンジニアまでもが、自国を見捨てて一斉に逃亡を始めるからだ。
では、この歪みを感じ取った優秀なエンジニアたちはどう動くのか。
彼らが向かうのは、単に額面が高いだけのアメリカではない。高額な物価と激しいレイオフリスクを抱える米国よりも前に、低税率と強固な医療・生活インフラが両立する台湾、韓国、あるいはシンガポールといった東アジアのハブ拠点だ。そこへ流出できなかった層であっても、「日本に留まり税金で吸い上げられるよりはマシ」と、ドル建て報酬を求めてアメリカのファブへ渡る道を選ぶ。
国際的な社内転籍やグローバル採用の網が整備された現代において、国境を越えた人の移動はかつてないほど容易だ。能力のあるエンジニアほど、自らの市場価値と「税引き後の実質購買力」を冷徹に計算し、日本の税制システムから静かに脱出していく。
一方で、国の対応はどうだろうか。 政治や行政が重い腰を上げるのは、常に現場から人が消え去り、統計上の数値として深刻なデータが現れてからのことだ。「高額所得者の優遇」という世論の反発を恐れ、抜本的な減税や特別優遇措置の導入は後手に回る。重い腰を上げた頃には、企業の主力を担う30代から40代の中堅・若手層はごっそりと姿を消しているだろう。
教育コストを日本が負担し、最も稼ぎ、最も現場を支える時期を迎えた瞬間に、その成果と税収が海外へ失われていく。後に残されるのは、旧態依然とした税負担に苦しむ国内労働者と、現場の指導層を失って技術継承が途絶えた生産ラインである。
この「手取りの歪み」と「制度の怠慢」が生み出す自滅の構造に、社会が気づいたとき――
何年後かに大問題になるだろう。
関連テーマ:

コメント
コメントを投稿