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AIコラム:日本株式市場、驚きの高値更新。バブル相場突入の号砲か⁉


2025年10月6日、日本株式市場は再びバブル経済に突入したかもしれない。日経平均は前日終値比で+4.75%という驚異的な上昇を記録した。過去に一日当たりの上昇率が高かった日は、多くが大幅下落局面からの反発として現れている。実際、3%以上の上昇率が発生する確率はわずか2~3%であり、上昇トレンド中に限れば0.2%~0.3%にすぎない。

今回の異例の急騰を引き起こした主因は、高市早苗氏の新自民党総裁当選だろう。市場心理を一気に変えた触媒となった。

私はこれまで、ITバブルのようなバブル相場が今年の年末から来年初頭にかけて米国市場、あるいは中国市場にやって来るのではないかと予想していた。その根拠は、バブル相場に必要な二つのエンジンがその頃にそろうと考えていたからだ。バブルを駆動する二つのエンジンとは「テーマ」と「過剰流動性」である。ここでいう“テーマ”とは、投資家が夢中になる物語やキーワードのことで、2000年のITや現在のAIがその典型だ。もう一つの過剰流動性は実質金利の低下である。実質金利とは、名目金利から物価上昇率を差し引いたもので、これが低いほどお金を借りやすく、資金が市場に流れ込みやすくなる。資金が行き場を失って株式や不動産に向かう状態、これを過剰流動性と呼ぶ。この二つの条件がそろうのは米国か中国だと予想していた。日本ではないと思っていた。

しかし、予想外のことが起こったのかもしれない。世界に先駆けて日本において二つのエンジンがそろってしまったのだ。日本ではすでに実質金利がマイナス圏にあり、資金が滞留しやすい環境が続いていた。近年の都市圏での不動産価格上昇はその証左だ。一方、米国や中国の実質金利は2%前後とプラス圏にあり、過剰流動性が動き出しにくい状況にある。

日本経済においては、バブル崩壊後「テーマ」が一貫して欠けていた。2000年前後のITバブル期にも日本市場はほとんど反応せず、現在の「AI」ブームにおいても一部の半導体製造装置メーカーが反応するにとどまっている。日本市場はAIにおいて補助的な立ち位置にあり、自力でテーマを生み出す力は弱いと考えられてきた。だが、ここに来て世界のテーマとは異なる、日本独自のテーマが姿を現しつつある。

「日本経済再構築」。おそらく、高市新総裁誕生という事実に対し、今日の市場参加者が受け取ったメッセージはこれだったのではないか。史上初の女性首相誕生という可能性の高まりが、大きな期待を呼び込んだのだ。

世界の指導者たちは常にこう考えている。過剰な好景気を防ぎ、過度な不況に陥ることを防ぐこと。そのために金融政策や財政政策が存在する。直近では2020年のコロナ禍における大規模な財政・金融政策が記憶に新しい。世界は過剰な緩和によって株式市場が過熱し、その後の急速な引き締めで市場は調整した。幸いにも大不況には至らず、現在に至っている。

では日本はどうか。過熱する市場に対し、莫大な負債と資産を抱える政府・日銀は、果たして十分な金融引き締めが可能だろうか。おそらく難しい。その結果、過熱した経済は単なる景気循環にとどまらず、バブル化へと進む。

これはもう止められない、後戻りできない地点に来てしまったのではないか。日本において歴史は繰り返すのか、それとも新しい物語が始まるのか――。

関連テーマ:

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参考文献:

日本株・バブル論

AIバブル・テーマ株

実質金利・過剰流動性

  • 岩田規久男『ゼロ金利・量的緩和の経済学』(日本経済新聞出版社)
    日本の長期的な低金利政策と実質金利の意味を理解するための基本文献。
  • Richard Koo, The Holy Grail of Macroeconomics: Lessons from Japan’s Great Recession(Wiley, 2008)
    日本のバランスシート不況と流動性の滞留についての国際的に有名な分析。

歴史的比較

  • 浜矩子『バブルとデフレ』(岩波新書)
    1980年代バブルから失われた30年までの日本経済を整理。
  • Charles Kindleberger, Manias, Panics, and Crashes(Basic Books)
    世界的なバブルと金融危機の古典的研究。

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