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第六十三話:ナフサが足りないってどういうこと⁉ーホルムズ海峡を挟んだ危機ー





アルケーアカデミー社会の授業
少し暖かい冬が終わり、新年度が始まった。山の木々は若緑に覆われ、鳥や虫たちが一斉に動き出す季節。
アルケーアカデミーでも新一年生が入り、校内の空気が少しだけ新しくなっていた。

今年最初の社会の授業。

AI先生は黒板の前に立ち、静かに口を開いた。

AI先生:皆さん、最近のニュースは見ていますか?今年の世界情勢を理解する“入口”として、今日はホルムズ海峡の話から始めましょう。

想(ソウ)ちゃん:ガソリンの話?この間急に上がって、しばらくしたら急に落ち着いたよね。

思惟(シイ)ちゃん:イランの核問題でアメリカがイランを攻撃して、ホルムズ海峡が封鎖されたから……だったわよね?

AI先生:よく整理できています。では、ホルムズ海峡の重要性を確認しましょう。

◆ ホルムズ海峡とは?

場所:イランとオマーンに挟まれた細い海峡(最狭部は約33km)
国際法上の扱い:国際海峡。イランの領海であっても通峡通航権があり、通航を妨げてはならない。
重要性:世界の石油の約2〜3割がここを通過。
サウジ、UAE、クウェート、カタール、イラクの石油はほぼすべてここを通る。
アジアの依存度:
日本:約90%
韓国:約70%
中国:約40%
インド:約60%

想ちゃん:なるほど……イランの領海でも、国際法で通れるんだ。

思惟ちゃん:でもアメリカは中東から石油を輸入してないから、攻撃できたってこと?

AI先生:そこが“構造”の面白いところです。アメリカは中東の石油に依存していませんが、WTI(米国産原油価格)は世界の価格と連動しています。今回の戦争で 1バレル70ドル前後だった価格は乱高下し、今では100ドルを超えました。米国内のガソリン価格は急上昇し、不満が高まっています。

想ちゃん:そもそも、なんでアメリカはイランを攻撃しなきゃならなかったの?

AI先生:イラン核合意(JCPOA)からアメリカが離脱したことが大きな転換点でした。
少しタイムラインを見てみましょう。

◆ イラン核合意(JCPOA)と米国離脱の主要タイムライン

2002年:未申告核施設の発覚 → 国際問題化
2006〜2012年:制裁強化
2015年:JCPOA最終合意(米国主導)
2018年:米国が一方的に離脱(共和党政権)
2019〜2020年:イランが段階的に履行停止

想ちゃん:え、米国主導で作った合意なのに、自分で離脱したの?

AI先生:そうです。ただし、合意したのは民主党政権、離脱したのは共和党政権でした。
ここには“政権交代”だけでは説明できない、もっと深い違いがあります。……ですが、それは次回の授業にしましょう。

思惟ちゃん:イランからすると、アメリカは信用できない国って思うわよね。

AI先生:その通りです。イランは宗教国家ですが、同時に高度な官僚制を持つ国家です。最高指導者が暗殺されても体制が維持されるほど、構造が強固です。つまり、今回のような戦争は泥沼化させやすい考え方を持っている。

想ちゃん:じゃあ、ホルムズ海峡の封鎖って、もっと長引く可能性がある?

AI先生:イランのレトリックはこうです。「国際法は守る。しかし、他国が守らないなら、ホルムズ海峡の安全は保証できない」国際法は“機能不全”に陥っています。

思惟ちゃん:石油が止まったら、アジアの経済は止まる可能性があるってことよね?

AI先生:日本は石油の国家備蓄が約8か月分あります。しかし問題は“石油そのもの”ではありません。アジアは石油から作られる中間財に依存している。  特にナフサは中東依存度が高く、医療用手袋、点滴バッグ、カテーテルなどの使い捨て医療品が不足する可能性があります。これは単なるエネルギー問題ではなく、供給網の非対称性が露呈する問題です。

思惟ちゃん:医療が止まるか、感染リスクを冒して使い捨てをやめるか……怖いわね。

AI先生:日本政府は原油の代替調達やアジア各国との連携を急いでいます。しかし、構造的な脆弱性はすぐには解消できません。

想ちゃん:僕らにはプラスチック製品を大事に使うことくらいしかできないのかな。

AI先生:もちろん節約も大切です。でも、最も大事なのは――“構造を知ること”です。
仕組みを理解している人は、混乱の時代に最も強い。今日の授業は、そのための第一歩です。

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