暑い夏は続いていた。 アルケーアカデミーに設置されているプールは授業のために解放され、灼熱の夏を乗り切る唯一の涼を提供している。 開け放たれた教室の窓からは、プールで生徒たちが泳ぐときにかき分ける「ザバン、ザバン」という涼しげな水音だけが、絶え間なく響いていた。
アルケーアカデミー、地理の授業。 教壇に立つAI先生は、日本海側の地理について静かに説明を続けている。
AI先生:――偏西風の影響、そして日本海側を流れる海流と、日本の中心を貫く山脈。この三つの要素が重なることで、冬の日本海側は世界有数の豪雪地帯になりやすいのです。太平洋側と日本海側の気候は、地形と海流のいたずらによって、これほどまでに大きく異なります」
AI先生はホログラムの日本地図を指し示しながら、生徒たちを見渡した。
AI先生:どなたか、福井、石川、富山、新潟といった日本海側の県に行ったことがある方はいますか?
想(ソウ):はい。石川県の金沢香林坊へ行ったことがあります。近くに温泉もあって、海鮮料理がすごくおいしかったです。
AI先生:素晴らしいですね。こちらの地方は、暖流である対馬海流と、寒流であるリマン海流が交わる場所。まさに一級の好漁場ですから、豊富な海の幸が有名になるのも必然です。
思惟(シイ)ちゃん:私は飛騨立山のアルペンルートを訪れたことがあります! 春先だったのに、雪の壁が観光バスの屋根よりもはるか高いところまで積み上げられていて、本当にびっくりしました。日本海を一望できるスキー場で滑ったのも、最高の思い出です。
AI先生:なるほど、良い経験をされましたね。あなた方のご両親は、旅行という機会を通じて、非常に優れた『生きた教育』を授けられているようです。……ですが同時に、その雪と地形こそが、近代日本の歴史において重い十字架でもありました。現代社会において、これらの地方は長らく産業が栄えにくい構造にあったのです。理由は明確で、日本海側へと繋がる陸路が限定されており、物流のインフラがどうしても弱かったから。大消費地である大阪や京都に近い福井でさえ、産業の発展には限界がありました。そして言うまでもなく、冬の豪雪がその足枷をさらに重くしていたのです。
AI先生:しかし――今、このAI時代において、その数百年来の前提が根底から崩れつつあります。
思惟ちゃん:え……? どういうこと?
想ちゃん:あ……そうか! 以前の授業でやった、原発の再稼働とデータセンターの話だね?
AI先生:その通り、大正解です。東京電力管轄である新潟県の柏崎刈羽原子力発電所。その6号機が、ついに本格的な商業稼働を再開しました。東日本大震災以降、東京電力の管轄内で商業稼働の再開にまで漕ぎ着けたのは、これが歴史上初めてのケースです。
思惟ちゃん:東京電力で、これ一つしか動いていないってことは……じゃあ、今まではずっとゼロだったってこと? 燃料費も高騰しているし、裏側の経営はかなり大変そうね……
AI先生:まさにその通りです。AIの爆発的な普及によって、世界中でデータセンターの計算資源が狂ったように求められている。しかし、それを動かすための電力が圧倒的に足りない。そんな絶対防衛ラインの渦中で成されたのが、今回の再稼働です。これは東京電力にとって、反撃の狼煙を上げる決定的な契機となるでしょう。
思惟ちゃん:確か先生、前にも『これからは日本海側にデータセンターの時代が来る』って予測していたわよね?、今はもう、そういうニュースが出始めているの?
AI先生:表向きの動きとしては、非常に巨大な地殻変動が起きています。米国の巨大テック企業であるマイクロソフトやアルファベットが、日本への『数千億円から1兆数千億円規模』という、過去前例のない巨額のデータセンター投資を次々と発表しました。……ですが、面白いのはここからです。彼らが具体的に『どこの地方の、どの土地に』その超巨大データセンターを建設するのか、あるいは建設を開始したのかという決定的な情報は、未だ公のニュースには一切出ていません。
思惟ちゃん:え? 隠してるってこと?
AI先生:国家のインフラ戦略とテックジャイアントの思惑は、常に水面下で動くものです。ですが、データの処理速度を決定づけるレイテンシ(遅延時間)の限界と、膨大な熱を冷ます寒冷な気候、そして何より、それを支える圧倒的な電力が『どこにあるか』――。構造的に考えれば、彼らが次にどこの土地を狙っているのか、もう答えは見えていますよね?
生徒たち:北陸か。。。
AI先生:そうです。新潟を含んだ北陸地方には先ほどの一基と合わせ7基が稼働しています。現在稼働中の原発は15基ですが、その半分がこの地方に集中しているのです。
思惟ちゃん:確かにそうね、北陸新幹線の開通、上越新幹線などの交通の改善、これらを使えば意外に首都圏からも遠くない。冬場の雪を貯蔵庫に断熱保存しておけば、夏場の冷却費も大きく下げることが出来る。
想ちゃん:しかも、石川県の金沢は思ったよりきれいな大きな街だったよ?働く人も金沢近辺なら集まりやすいんじゃない?
思惟ちゃん:本当にそうね。。。もう、データセンター建設はこのエリアにしか建てる理由が無いわ。
想ちゃん:それに、前の授業で言っていたよね?過疎が進んでいる地区は新しいものに対しては既得権益層の弱体化によって反発も少ないって。
思惟ちゃん:もう、ここしかない。
AI先生:理解していただけましたか?北陸がAI時代に再定義されようとしていることに。
まだ、暑い夏は続く。たまに、涼をとるためにプールに入って熱を冷ますのも良いかもしれない。
関連テーマ:思考の実験室ー知性の地図ー社会構造編

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