かつて、アリの社会を観察した研究で、こんな興味深い事実が報告された。群れの中には活発に働く個体と、一見すると「何もしていない」個体が共存しているという。もし働かない個体を排除して、働き者だけで群れを作っても、やがてその中から再び「働かない個体」が生まれる。なぜなら、予期せぬ危機が襲った時の予備軍、そしてシステム全体が疲弊しきらないための「余裕=冗長性(レジリエンス)」が、群れの存続には不可欠だからだ。
翻って、この30年の日本社会とは何だったのか。一言で言えば、「社会全体から『遊びの余白』と『屋台の湯気』を徹底的に排除し、全員を極限まで効率的な働き者に仕立て上げた結果、群れごと静かに衰退していった壮大なシステム実験」だったのではないか。
バブルの狂乱と、仕掛けられた「正義の罠」
時計の針を1989年に戻してみよう。当時の日本はバブルの絶頂にあり、日経平均株価は最高値を更新し、税収は過去最高を記録していた。街には活気が溢れ、どこか浮かれた「余白」と「無駄」が充ち満ちていた。
だが、当時の政策立案者たちの頭には強い危機感があった。「このまま少子高齢化が進めば、現役世代の負担が破綻する。昭和の古い社会OSを書き換えなければならない」。
彼らが描いた構想は、本来きわめて理にかなったパッケージ(構造改革)だったはずだ。働く意欲を削ぐ高すぎる所得税や法人税を下げ、広く浅く負担を分かち合う「消費税」を導入する。その代わり、企業に雇用を丸抱えさせる無制限の身分保障を緩めて労働市場を動かし、膨らみ続ける社会保障費の無駄を削る。つまり、「現役世代と企業の重荷を取り払い、全員がフラットに支え合う新しいモデル」への移行である。
しかし、歴史は思わぬ方向へ狂い出す。バブル崩壊という巨大なショックが日本を襲ったのだ。
手段が目的にかわるとき——狂気としての「真面目さ」
不景気とデフレが社会を覆うと、政治は「痛みを伴う改革」から腰を引いた。高齢者の医療費を削れば選挙に落ちる。雇用の規制を緩めれば失業者が溢れると批判される。
結果として、本来は構造改革の「ひとつのパーツ(手段)」に過ぎなかった消費税だけが独り歩きし、「税率を上げること」そのものが政治と財務省の自己目的へとすり替わっていった。1997年、橋本龍太郎内閣は財政再建の名分で消費税を5%に引き上げたが、歳出改革や規制緩和は後回しになった。そして2014年、安倍内閣は「社会保障の財源」と銘打って8%へ引き上げたが、その使途は国民に十分に示されなかった。
改革を先送りして開いた財政の穴を埋めるため、社会保険料が毎年のように引き上げられた。健康保険料や年金保険料の率変更は、法律の枠組みの中で政令などで行われるケースもあり、消費税のような国会での大議論を避けやすい側面があった。国民負担率は1989年の約38%から、2020年代には47%前後へと跳ね上がった。もちろん、この上昇の大半は高齢化という構造的自然増によるものだが、政策がその重荷を現役世代に巧みにシフトさせ続けたこともまた事実である。現役世代の給与袋は「税」と「保険料」の二重の圧力によって絞り上げられていった。
ここで起きた最大の悲劇は、「悪意を持った暴君」がいたわけではないということだ。
政治家も、官僚も、企業の経営者も、一人ひとりは「財政赤字を埋めなければ」「会社を守らなければ」というミクロの正義感と真面目さで動いていた。しかし、全員が真面目に縮小均衡(コストカット)を目指した結果、マクロ全体としては需要が消滅し、経済が凍りつくという完璧な「合成の誤謬」が完成した。
企業が賃金を抑制すれば、家計は消費を控える。消費が減れば企業の売上が落ち、さらなる賃金抑制へと向かう。この「デフレのスパイラル」は、個々の現場でとった「もっとも合理的な判断」の積み重ねとして、誰の責任でもないのに完成してしまった。
社会からは、企業が節税のために提供していた手厚い福利厚生(社宅や保養所)が消え、街からは「ゆるやかな寛容さ」が排除された。
海外の教科書が問う「真面目すぎる罰」
海外の経済学の教科書を開くと、日本経済の30年停滞は、しばしば奇妙なミステリーとして描かれる——というのは比喩ではあるが、多くの経済学者が抱いた実感でもある。
「治安は世界最高水準、国民は極めて勤勉で教育水準も高く、街に薬物中毒者や重度の路上生活者が溢れているわけでもない。それなのに、なぜ30年も賃金が上がらないのか?」
その答えは、「国民が真面目に、歪んだルール(社会制度)に適応しすぎたから」に他ならない。
クビにできないから、企業は恐ろしくて正社員の採用を絞り、非正規という「調整弁」を作った。
手取りが増えず将来が不安だから、国民は真面目に消費を切り詰めて貯蓄に走った。
失敗した時の安全網(セーフティネット)がないから、若者は起業や挑戦を避け、安定を求めた。
国民は「努力を怠った」のではない。政治と行政が作った「高負担・低流動性・デフレ推進」という無理のあるルールの中で、あまりにも健気に、合理的に防衛行動をとった。その真面目さこそが、自らをさらに追い詰める罠となったのだ。
屋台の湯気を、もう一度
失敗を認めることは、人間にとって死ぬほど難しい。ましてや、過去30年の政策が「静かな人災」だったと認めれば、関わったすべての当事者の人生や存在理由が否定されてしまうからだ。だからこそ、システムは「これが正しかったのだ」と自己正当化の鎧を着込み、今日も無謬性を装い続ける。
「失われた30年」とは何だったのか。
それは、人間という生き物が「正義」や「効率」という言葉に憑りつかれ、社会が本来持っていた「遊び(冗長性)」や「失敗してもやり直せる余白」を自ら削ぎ落としてしまった、壮大なシステム設計の失敗劇だったと言える。
東南アジアの熱気あふれる街角で、誰もが気軽に屋台を出し、失敗しながらも今日の糧を得ているような光景。それは単なる「貧しさからの逃避」ではなく、失敗を許容する社会的な余白と、明日に賭けられる心理的安全の表れでもある。
私たちがこの長すぎる停滞から抜け出すために必要なのは、これ以上の締め付けでも、さらなる根性論でもない。「人間は間違えるし、社会には『働かないアリ』のような余白や、無駄な湯気が必要なのだ」という開き直り(冗長性の再設計)と、挑戦する人が何度でも立ち上がれる自由な労働市場と安全網の再構築なのである。
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