実際、2026年に入ってからは実質賃金が6か月連続でプラス(6月は前年同月比1.6%増)となり、名目での給与総額も伸びています。「賃上げそのものが起きていない」わけではありません。
それにもかかわらず、街の空気は明るくならず、家計の消費も伸び悩んでいます(2026年7月の二人以上世帯の消費支出は実質3.6%減)。
「賃金は上がっているはずなのに、なぜ豊かさを実感できないのか?」 「この賃上げで、一体だれが一番恩恵を受けたのか?」
この疑問を解くカギは、日本の「税制・社会保険・雇用慣行」が作り出す社会構造の歪みにあります。
1. 働いたら負け?「年収の壁」が阻む収入増
時給が上がっても、パートやアルバイトなど非正規雇用層の「世帯収入」は素直に増えません。税金や社会保険料が発生する「年収の壁(103万円・106万円・130万円)」が存在するからです。
手取りが減る恐怖(就労調整): 時給が上がると、これまでの時間数で働くと壁を超えてしまい、「扶養から外れて保険料が発生し、かえって手取りが減る」という現象が起きます。そのため、働く人は「労働時間を減らす」ことで調整せざるを得ません。
時間の制約(留学生など): 留学生などの外国人労働者も「週28時間まで」という法的制限があるため、時給が上がっても稼働時間を増やして年収を伸ばすことができません。
結果として、「時給上昇 = 労働時間を削る = 年収は横ばい」となり、賃上げがそのまま「深刻な人手不足」を引き起こすジレンマが生じています。
2. フルタイムでも増えない「手取り」の正体
では、正社員などのフルタイム労働者はどうでしょうか。
名目賃金が増えても、額面通りに「手取り(可処分所得)」が増えるわけではありません。賃金アップに伴って所得税や住民税が増え、厚生年金や健康保険料などの負担が重くのしかかるからです。
さらに近年は社会保険の適用拡大が進み、中小企業にとっても「時間当たり人件費」の負担が急増しています。
つまり、せっかくの賃上げの果実(増えた収入)の多くが、家計の手元に残る前に「公的負担(税・社会保障費)」へと吸収されてしまう構造が残ったままなのです。
3. 数字が示す「家計」と「国」のギャップ
この歪みは、統計データにもはっきりと現れています。
家計: 名目で給与が増えていても、物価高や公的負担に相殺され、実質的な購買力や消費支出(実質消費)の回復は後回しになっている。
国(財政): 賃金の上昇や適用拡大に伴い、税収や社会保険料の収入(2025年度一般会計税収は過去最高の84.2兆円)が自然と膨らみやすい。
家計の消費が冷え込んでいる一方で、公的な収入は堅調という「非対称(ギャップ)」が生じているのが現状です。
4. 結論:最も恩恵を受けたのは誰なのか?
この構造において、政策の恩恵は非常に偏っています。
恩恵をフルに受けられる人: 「年収の壁」を気にせずフルタイムで働け、社会保険料を会社と折半でき、さらに賃上げコストを吸収できる体力のある大企業や成長産業の働き手。
恩恵を受けづらい人(しわ寄せがいく側): 壁のせいで労働時間を削らざるを得ない扶養内労働者や、時給高騰と人手不足のダブルパンチを受ける中小・小規模事業者。
構造的に潤う主体: 名目賃金の上昇に伴って、税や社会保険料の集金効率が高まる国・社会保障基金。
5. まとめ:止めるべきは「賃上げ」ではなく「制度の横取り」
最低賃金の引き上げ自体は、日本経済にとって絶対に不可欠な正しい方向性です。
問題なのは、「時給だけを上げて、手取りが増えにくい制度の歪み(壁や負担構造)を放置していること」です。
かつての「専業主婦世帯」を前提とした古い制度を改め、
106万円・130万円の壁の実効性を緩和する
働いたら働いた分だけ手取りが増える仕組みにする
労働供給の制約(留学生の就労制限など)を現実的に議論する
といった根本的な制度改革を行わない限り、どれだけ最低賃金を上げても「誰も豊かさを実感できない賃上げ」にとどまり続けてしまいます。
止めるべきは賃上げではありません。「賃上げの成果を制度の途中で横取りしてしまう構造」こそを、今すぐ見直す必要があります。

コメント
コメントを投稿